ボット浸透で問われる「働くことの意味」

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ボット浸透で問われる「働くことの意味」

「人工知能×働く」~仕事をAIに奪われる人々の希望とは?~の記事の内容に対してe-scotomaのメンバーからフィードバックを受けました。

「人工知能×働く」ことを再考してみる

人工知能が働く価値観を変えている

いくつかの意見をいただきました。ご意見を分けると「経済活動」「人工知能の発達の先にあること」「人は幸福になるのか」「働くことの意味」の4つになりました。

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【経済活動】
・経済活動とはなんなのかというものを投げかけている
・労働の対価に対しても書かれていて分かりやすかった
・経済のシステムは中世から出来上がったと聞いたことがある
・新卒は訓練を施して、仕事ができるようになるのが前提
・大企業ほど自動化が入って来る
・今の人工知能ができていることは、企業が求めるソリューションになっていない
・地産地消で農業や漁業に関わる傾向が強くなるのではないか

【人工知能の発達の先にあること】
・AIやボットがやってくれることが多くなって、自分はすることはなくなるのではないか
・働くがなくなるのを怖がるのではなく、なくなったらどうするかを考えた
・人工知能の発達スピードに多くの人間の感情・感覚はついていかないのではないか
・人間の現状を維持しようとするパワーにはすごい力があるので、より戻しもある

【人は幸福になるか】
・平和という大きなテーマにつながって来る
・フランスの哲学者アラン、幸福論の中に、暇人が戦争を起こすという言葉がある。
・教育を含めて考えていく必要が高まっていくだろう

【働くことの意味】
・働くことの捉え方は東洋思考と西洋思考と違う
・西洋は罪を償うイメージ
・東洋は課題をみんなでなんとかしようぜというイメージ
・そもそも働くことが人生の目的ではないと感じた
・1つの専門家としてやるか、人にしかできないものをやるか
・最終的になんのために働くかということの価値観や考え方が重要になる

東洋と西洋の労働概念の違い

フィードバック内容を伺って、記事を通じた広く受け止めていただけたことがありがたく、またその受け止め方の違いを興味深く感じました。

人工知能の発達と働くことを考えると「最終的になんのために働くかということの価値観や考え方が重要になる」という意見に考えさせられました。

特に「東洋と西洋の働くことの考え方の違い」が興味深かったです。

少し調べたところ、キリスト教では神が人類に労働を罰として与えたという考え方があり、仏教では働くことが功徳を積むことにつながるという考えがあるとしていました。

働くことが罪なのか功徳なのかという差は今後さらに大きな違いが生まれていくようにも感じます。

人工知能の発達が「人らしさとはなにか」をさらに問うているのでしょう。

進む働く現場でのボット活用

実際、多くの仕事現場でボット活用が進んでいます。

アマゾンの物流拠点、トヨタをはじめとする自動車メーカーの製造現場などでのロボット化は有名です。

トラックドライバー不足が深刻化する運送業では、クロネコヤマトの「ロボネコヤマト」をはじめ、日本郵便でもゆうパックの実証実験をはじめている確実に時間を守って欲しい現代人にはありがたいサービスとして利用者も少しずつ増えているようです。今後は遠方や過疎地域など買い物弱者対策としてニーズが高まっていくことが予測されます。

こうした動きも、労働を功徳として考えるのか、労働は罰として考えるのかによってコンセプトが変わりそうです。ニーズに応えることや効率化するという側面ではあまり違いがないかもしれませんが、社会全体として支え合うなかでは功徳という発想のほうがロボット活用を受け入れやすいのではないでしょうか。

ボットやAIは見えづらい分、不気味なところもありますが、人口減や情報の高度化が進む社会において事実として浸透しはじめています。

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